『天地に問う~Under the Microscope~』《原題:顕微鏡下的大明》で『慶余年』ファンならもだえる張若昀(チャン・ルオユン)さんと王陽(ワン・ヤン)さんのコンビが復活しました。
王陽さんが演じる程仁清は、帅家黙(張若昀)とトラブルになっている賭博場側の人間です。扇をひらひらさせて、邪魔をしてくる嫌味な役柄。回を追うごとに、程仁清という人物は”雇われ弁護士”のような存在であることが分かってきます。
その職名は”訟師”といい、初めて聞く言葉でした。
その後『清越坊の女たち~当家主母~』《原題:当家主母》の中でも”訟師”という言葉が登場し、「清の時代にもいたのか」と驚きました。
ドラマの題材にもなる”訟師”という職業。とても気になったので調べてみました。
訟師が登場するドラマ
架空の人物から実在する人まで、さまざまな訟師がドラマ化されています。
『天地に問う』《原題:顕微鏡下的大明》
『長安二十四時』の作者・馬伯庸の作品がドラマ化された『天地に問う』《原題:顕微鏡下的大明》。ここに登場する程仁清という訟師が、なかなか手強い!主人公の帅家黙が一杯食わされないかハラハラします。
このドラマは、真っ直ぐな帅家黙と老獪な役人たちのコミカルなやりとりが非常におもしろいのですが、訟師である程仁清の人間性も見どころの1つだと思います。算術の天才・帅家黙には通常のやり方が通用せず、徐々に程仁清にも変化が現れます。
『清越坊の女たち~当家主母~』《原題:当家主母》
『清越坊の女たち~当家主母~』38話:沈翠喜が、敵の娘である曹幺娘を救う方法を訟師に聞いてみようか思案する場面がありました。結局のところ相談しなかったので訟師の姿を見ることはできませんでしたが、役人よりも民衆の生活に近い存在であることがうかがえます。
春家のお嬢様は訴訟代理人/春うらら金科玉条《原題:春家小姐是訟師》
こちらも訟師の仕事を大きく取り扱っている作品です。
冤罪で投獄された父を救うため、庄達菲(サブリナ・ジュアン)さん演じる春荼蘼が訟師になるべく奮闘するドラマです。
こちらの作品はiQIYIで配信中です。2024.2月現在、5話まで無料で見ることができますが、配信状況は変化しますので、ご確認ください。現在は中国語・英語字幕のみとなっています。
少年訟師紀暁嵐
主演は『開封府~北宋を包む青い天』の黄維徳(ビクター・ホァン)さん。『大明皇妃』の徐濱を演じた喬振宇(チャオ・ジェンユー)さんも出演しています。
紀暁嵐は清の乾隆帝時代の有名な学者で官員です。『四庫全本』を編纂し、『閲微草堂筆記』という人気小説を執筆した紀暁嵐が学生の時に訟師の仕事を手伝ったエピソードをドラマ化。日本未公開で2024.2月現在はTencent騰訊で配信されています(日本語字幕なし)。
【映画】『熱血弁護士』と『ハッスル・キング』
『熱血弁護士』《原題:審死官》と『ハッスル・キング』《原題:算死草》はどちらも周星馳(チャウ・シンチー)さん主演のコメディです。
『熱血弁護士』《原題:審死官》の主人公・宋世杰のモデルは、明の時代の宋士杰という有名な訟師であると言われています。
『ハッスル・キング』《原題:算死草》の主人公は四大訟師の1人である陳夢吉です。
訟師について
訟師を辞書で調べてみました。
【讼师】 sòngshī
旧社会里以给打官司的人出主意、写状纸为职业的人
出典 :现代汉语词典 修订版 商务印书馆出版
旧社会において、訴訟の手伝いや、訴状を代筆をする職業の人
豊宝玉と帅家黙がお金を払って代筆を頼んでいた人も訟師だったのかな?
旧社会って中華人民共和国より前…というのはわかりますが、一体いつから訟師という職業が存在しているのでしょうか?
いつからあるの?
『呂氏春秋』離謂篇によると紀元前500年代、鄭の国の成文法・刑鼎に反対した鄧析という政治家・思想家が民に有料で裁判の方法を教えたため、鄭の国で訴訟が増え混乱した…そうです。
かなり昔から訴訟の手伝い・代理人を生業とする人はいたようですね。いつから訟師という名称が使われ始めたのかはわかりませんでした。
どうやったらなれるの?
訟師になるための資格や試験などについて調べてみましたが、そのような記述はみつかりませんでした。
科挙に合格できず訟師になる人が多かったそうです。明朝の終わりには訟師秘本というマニュアル本が存在して、訴訟の専門用語や文例、訴訟のテクニックや役所の規制について書かれていました。清朝の乾隆帝の時代には禁書になったという訟師秘本の内容が気になります!
社会的な地位は?
現代の日本で”弁護士”は多くの人に尊敬される職業です。では、訟師はどうだったのでしょうか?
明・清の時代では地方の役所にとって、訟師はやっかいな存在でした。
法律に疎い民衆に代わりに訴訟の手助けをする正義感の強い訟師もいたようですが、中には示談金目的で訴訟をおこしたり、証人・証言を偽装したりする悪質な訟師もいました。度々、摘発・処罰されていたようです。
もっと訟師について知りたいなら
訟師について書かれた興味深い論文を2つ紹介します。
時代が逆行しますが、紹介する順に読むと分かりやすいと思います。
葉墉事件からみた清代訟師の活動方式とその特徴について
林乾氏による「葉墉事件からみた清代訟師の活動方式とその特徴について」という論文です。東アジア研究 第55号, 51-63ページ, 2011年. 大阪経済法科大学アジア研究所
清朝の嘉慶・道光時代(乾隆帝の次世代)に頻発した京控(直接、北京で訴訟をおこすこと)についての研究です。地方での訴訟ではらちがあかないため北京に上京した葉墉。訴える側であった葉墉がなぜ京控を請け負う包訟という商売を始めることになったかが、分かりやすく書いてあります。
アドバイスしてもらうのに銀8両、告状の書き直しに銀6両…等とエピソードが生々しい!訴えるのには本当にお金がかかるのだな~。清の時代の訴訟の様子が具体的に書かれていて小説のように面白い!最初に読むならこの論文をお勧めします。
https://keiho.repo.nii.ac.jp/record/969/files/asia_55_04.pdf
明末清初の訟師について : 旧中国社会における無頼知識人の一形態
次にお勧めしたいのが、川勝守 九州大学・大正大学名誉教授の論文「明末清初の訟師について : 旧中国社会における無頼知識人の一形態」です。九州大学東洋史論集. 9, 111-130ページ, 1981-03-10. 九州大学文学部東洋史研究会
こちらは、明時代の地方におけるトラブル解決の仕組みに始まり、訟師の登場、訟師の後ろ盾となっていく郷紳勢力についても言及しています。明・清の時代のことをよく学んでいない らーじゃおにとっては、知らない言葉がたくさんでてきました。
里甲ってなに?里老人って誰?
事例や中国語の引用文が多いので、読むのに苦労するかもしれません。こちらは訟師だけではなく明朝の統治についても詳しく書かれているので、「范老は郷紳勢力なのかな?」等と『天地に問う』の登場人物を思い浮かべながら読むと楽しいですよ。
https://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/24539/p111.pdf
訟師ってどんな仕事?◇まとめ
程仁清がきっかけで興味を持った訟師は、有料で訴訟に関する手続きを手伝う弁護士のような職業であることがわかりました。
その立場や待遇は、現代の弁護士ほど恵まれておらず、金儲け主義の訟師も少なからずいて、たびたび処罰されていました。
歴史上有名な訟師が何人もいて、ドラマ・映画の題材になっているだけではなく、学術研究のテーマになるほどの職業でした。これから中国ドラマを見る時、訴訟の場面にも注目してくださいね。きっと訟師が活躍しているはずです(^^)
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